漢字が書けなくなった?ITで変わる脳の使い方

大学を卒業してから、ずっとIT関係の仕事をしていてよく思う。

PCやインターネットといったものが自分の半身というか、脳の一部になっているんじゃないかという感覚になってきているのだ。

それらのものがないと自分の仕事、大袈裟に言うと生活がほとんど成り立たないという事がよく分かる。

漢字が書けない

漢字が書けないというのは言いすぎたかな。

ブログなどで文章を作成することはよくあるから、漢字がわからなくなったわけではない。

手書きをするとなぜか、間違っているんじゃないかと不安に思ってしまうのだ。

この漢字あってるかななんてスマホで確認しようとすると、「この人こんな漢字も書けないのか?」と見下す人もいるよね。

それがちょっとだけ辛いです。

脳も使わなくなった機能をアンインストールしている

人間の脳は本当に優れていると思う。使わなくなった機能をちゃんと忘れてくれるからだ。

忘却ということをPCで例えるなら、いらないファイルをゴミ箱に捨ててくれるということだ。

漢字が書けなくなったということは、自分にとって漢字を書くという機能はほとんど使用しないから削除してもいいだろうと判断されたのだろう。

このことを大半の人は悲観的に思うだろう。脳の劣化だとか、ITの発達が招いた負の遺産とかいわれてしまう。

しかし、僕はそれをネガティブには思わない。

機能をアンインストールしたなら空いた容量で新しいことを覚える事ができるんだから。

いままで漢字を覚えるために脳はかなりの容量を使っていたと思う。

その大部分をPCだとかITだとかが担ってくれるのなら、存分に任せた方が良いでしょ。

年齢を重ねるに連れてものを物忘れが激しくなるんだとしたら、全部どこか別のHDDに保存しておけばいいんだよ。

ITの発達は人間の進化といえる

膨大な情報を自分の脳に記憶する必要がなくなったということは、人間にとってとてつもない進化だと思う。

その分、機械じゃできないクリエイティブなことを自分の脳を使ってフル活用できるのだから。

容量が空いたのに、その部分を使わずに腐らせてしまうことが一番怖いと思う。

それこそ脳が、この空いた容量は必要ないと判断し削除してしまうかもしれない。

まさに脳の劣化だ。

機械が何かを担ってくれたんだから、その分なにか新しいことを発見してもっと先に進んでいかないとダメだよね。

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